「ああ、困った」
そういうと、よつばみかんは大きく溜息をついた。もちろん、父親が見逃すはずがない。
いや、みかんが父親に悩みを聞いてほしくて、ため息をついたというのが正解かもしれない。
「一体どうしたのかな。学校でのことかな?」
お約束通り、父親は尋ねた。年頃の乙女に、いきなり核心をつく質問は禁物である。そのくらいは、よつばせいも心得ていた。
「うん、まあね」
みかんにしては、歯切れが良くない。そして父親に隠そうとしないところからすると、どうやら自分だけでは持て余している問題らしい。
「学校内でのことかな?」
「うん、まあ」
「そうすると、授業で何かあったとか?」
ここらへんは適当に思いついたことを質問したのだが、どうやら図星だったらしい。みかんは、しぶしぶと話し始めた。
「実は私たち、最上級生なのに先生を怒らしちゃったのよ」
「ほほう。しかしその様子だと、先生はマジ切れしたのか。さては怒鳴ったりするのではなく、にっこり笑ったりして、本気で切れた訳だね」
どういう訳か、この手の話に父親は詳しい。みかんは、その点は認めざるを得なかった。
「うん、そんなところ。うちのクラス、にぎやなか子が多過ぎるの。体育の授業でおしゃべりをしていて、それで先生が怒って授業を中止してしまったの」
「なるほどねえ」
父親は考え込むように、あごの下の無精ひげをなでた。
「そして君も心配しているということは、他人事だとは思っていない訳だね」
「そうよ。でも… 結局は松っちゃん一人に下駄を預けたような形になってしまったの」
「ほほう、さしずめ学級委員長がいて、ホームルームか何かで話し合おうということか」
どうやらこの親父、何でもお見通しらしい。みかんは目を丸くして、頷いた。
「いやね、父ちゃんが小学校三年生の頃、同じようなことがあったからね」
どうやら自分たちは、小学校三年生レベルらしい。屈辱的ではあるけれども、その通りなのだから、何も言えない。
それにしても、いろいろな経験をしている父親だ。アガサクリスティの推理小説に登場するミス・マープルを連想させる。
だったら解決策を知っているかもしれない。そう思って、みかんは父親に対して、彼だったらどうするかを尋ねてみた。
「そうだなあ…..」
再びヒゲをなでながら、よつばせいは話を始めた。
「クラスみんなで話し合うということは大切だ。もちろんそれは、やった方が良い」
ふむふむと、みかんは頷いた。
「ただし議論に参加できるのは、生徒の一部に限定されるし、騒いだ者たちは大して反省しないだろう」
まったく、その通りである。
「だったら父ちゃんとしては、ちょうど生徒と校長先生の個別面談が予定されていることだし、そこで今回の件について質問するかもしれないな」
いやお父様、だからそれを避けたいのよ・・・ みかんは口をへの字に曲げた。
その様子をじっと観察していた父親は、ニッと笑って口を開いた。
「で、生徒がそれを避けたいと思ったら、父ちゃんだったら全員が反省文を書くことを提案するね。騒いだ子たちは、何が悪くて、それがどんな結果をもたらすのかを考えずに騒いでいたのかもしれない。そうだとしたら、まずはちゃんと、何があって、自分は何をして、それに対してどう考えたのかを書くことにするね。さらに今後はどうするかまで書いたら、もっと良いかもしれない」
相変わらず、作文好きの父親である。「やっぱりそう来たか!」というのが、みかんの率直な感想である。
しかし父親は、さらにオマケを付けて来た。
「さらにいうと、反省文は先生に提出するのではなく、皆で交換して、それに対して感想文を書くことにしても面白いかもしれないね」
みかんはうめいた。アイスクリームのダブルは歓迎だけれども、作文のダブルというのは全力を尽くして、丁寧に返上したいというのが、彼女のウソ偽らざる気持ちだった。
しかしクソ親父とはいえ、さすがに親である。言うことは本当にその通りだ。
「わかったわ、ありがとうご。明日学校へ行ったら、友だちの何人かに意見を聞いてみるとことにするわ」
まずは自分だけでなくて友だちの意見を尋ねてみるとは、よつばせいが予想していた以上に、娘は成長しているらしい。
彼は嬉しそうに、まずは友だちと話してみるのが良いだろうと、ニコニコと笑いながら仕事机に向き直ったのだった。
——————————
記事作成:よつばせい