なんでもAmazonの商品説明によると、対話型組織開発という「対話で組織を変える手法」が、日本でも定着しているのだそうです。
そこでは対話型組織開発の例として、U理論、学習する組織、ワールドカフェが挙げられていました。
専門家でないと、このようなキーワードは聞いたことがないかと思います。もちろん私もキーワードを耳にしたことがある程度です。
組織運営に関わるスタッフとしては気になる話であり、対話型組織とは一体何かを確認してみました。
結論から言うと、最近のIT業界で流行しているマイクロサービス(コンテナ/Kubernetes)と同系統のシステム理論だと分かりました。
そこで今回は、この対話型組織の概要を紹介したいと思います。
複雑系システム
コンピュータ工学と似たようなものとして、システム工学という学問分野が存在します。これはシステム科学から枝分かれした研究分野で、人間などを個体ではなくて集団組織と見做して分析します。
最近流行のマイクロサービスは開発/運用プロセスも含めた体系であり、コンピュータ工学というよりもシステム工学に近いです。
一方で対話型組織も経営工学の組織論の一部ですが、システム科学を元にしています。つまりマイクロサービスも対話型組織も、システム科学の複雑系を土台にしているのです。
そういう訳で大雑把に見ると、たしかに両者は同系統だと言えます。個体要素のフィードバックを踏まえ、系全体の挙動を分析するのです。
昔ならば概念構築だけで終わっていたところですが、現在は昔よりもテクノロジーが進んでいます。Big Dataの取り扱いも可能になりました。世界が複雑であると認識できるようなった分だけ、分析/管理技術も進歩しています。
何が言いたいかというと、対話型組織とは組織の構成要素である個人のフィードバックまで織り込んで、組織開発や管理をするのです。多数の専門家が協力する複合(融合)分野です。
マイナーだけれども見逃せない学問分野です。米国では昔から専門家が存在して、連絡を取り合って研究を進めています。我々にお馴染みのハーバード大学が、主導権を持っています。(組織論になると、やはりハーバードは研究リソースが豊富です)
ちなみに日本では複雑系は慶應大学などが著名ですが、さすがに対話型組織レベルまでは手が回りません。このように実学に近い部分は、トヨタのお膝元である中部地方では有名な南山大学が有名です。
したがって「対話型組織」で検索をかけると、ハーバード大学や南山大学が登場する傾向があります。
ちなみに対話型組織運営ではマッキンゼー(コンサル会社)が有名ですが、マッキンゼーは自動車産業が盛んだったシカゴから生まれています。ただし今回の対話型組織とは微妙に距離があります。
もちろんマッキンゼーも、現在はボストンコンサルティングよりもハーバードMBA卒業生を多数採用しています。記念イベントがあるとハーバードで開催することも多いです。対話型組織構築においても、マッキンゼーは頼りになります。
マッキンゼー流の対話型組織
それでは昨今の対話型組織と、マッキンゼーが会社経営に使っている対話型組織は、一体どこが異なるのでしょうか?
その答えは、”分散自律システム” というキーワードに潜んでいます。
参考:「採用基準」(伊賀泰代著)
この図が典型的な、マッキンゼーの組織構造です。コンサルタントというとスーパーマンのような人間を想像するかもしれませんが、実際は「スーパー・ピープル」なのです。
何が言いたいかというと、マッキンゼーは自律性に富んだ人間の集団組織であり、リーダーはリーダーに過ぎないのです。コンサルティング業務は一人だけで出来るような小規模なものではなく、時には100名以上のコンサルタントを投入するような業務も存在します。
そういう時でも、マッキンゼーは分散自律構造を貫いているのです。マッキンゼーほどの自律性に優れていない集団が、それも数万人規模で組織運営しようとしたら、分散自律システムは実現できません。これはマッキンゼー独自のものです。
一方で複雑系の対話型組織は、まさにマイクロサービスに喩えることが出来ます。出来るだけ軽く標準化されたプロセスレベルのコンテナが、数万個単位で協調して活動します。
コンピュータシステムにおいても、数万単位のエージェントが自律的に協調して動作することは困難です。そのためにコンテナ連携を実現する機能(Kubernetes)が必要となります。
対話型組織も同様で、対話が雑談で終わらないように、対話を管理する存在(人間)を大量に投入します。その分だけ経営リソースが消費されることになりますが、全体的に見ればトップダウン経営よりもアウトプットが良くなると期待できます。
これが日本で話題となっている対話型組織です。奇しくも対話型組織には独立性を高めてイノベーション力を高める「コンテナ」なる空間概念も存在します。KubernetesのPodに近いので若干異なりますが、なかなか今日深い共通性だったりします。
対話型組織の評価方法と活用
経営者から見ると、対話型だろうがトップダウン型だろうが、成果(アウトプット)が全てです。この点をクリア出来なければ、対話型組織の導入は進みません。
それでは一体どうやって、対話型組織はトップダウン型組織と比較するのでしょうか。Big Dataを活用したコンピュータ・シミレーションの力を駆使するのでしょうか?
答えは「ノー」です。対話型組織もトップダウン型組織と同じように、経営トップが導入効果を判断します。そうしなければ、十分な経営リソースを投入できません。
しかしその導入効果の判断根拠は、人間が手書きメモから作成するのです。何しろ「対話型組織開発」ですので。
もちろんコンピュータの力を借りずして、全対話データを扱うことは出来ません。したがって取り扱うのは、経営トップへ提案する者が適切と判断したデータとなります。
だから経営トップ(Kubernetesマスター)が扱うのは、近似データです。経営トップは、失敗するリスクなども加味して判断します。
提出されるデータは確度が低いので、売上予想値といったものとは若干異なります。トップダウン型よりも確率的にどのくらいのリスクがあって、どのような改善が期待できそうかといった「比較データ的な内容」となります。
そして経営陣も従業員も人間なので、感情がデータ交換に影響します。対話を促進するものは心理学なども駆使して、対話データの質を向上させます。対話データの収集も、出来るだけインフォーマルな場所で実施することにより、在来手法との差別化を図ります。
実のところ、実際に対話型組織開発がどの程度の実効性を期待できるかを定量調査/分析した研究は存在しません。まだ事例ベースの研究データ収集に留まっています。
このため先の「対話型組織開発(Dialogic Organization Development)」という本によると、米国では「対話型組織開発」は注目されているものの、本格的導入には至ってないのだそうです。
ただし在来型のトップダウンよりも対話型組織開発の方が望ましいように見えるというのが、ビジネス界での直観的意見です。特に変化の激しいご時世なので、対話型組織開発は創造的破壊・創発・変革が必要な分野での活用が期待されています。
「メモの魔力」ノート術の効果
さて先に説明したように、対話型組織開発は Big Data は扱いません。対話データを電子化するのも大変なので、対話を適切に記録・活用することが重要となります。
マッキンゼー社員は基本的に、記録用・思考用・幹部説明用で3種類のノートを使い分けています。しかしこれはトップダウン型の経営判断を支援する作業には向いていますが、対話から説明までの時間距離が短い対話型組織開発に向いているとは言えません。
その時の状況に応じて、スピード感を持って経営判断を下すことも、対話型組織開発の強みの一つになったりします。だから、記録・思考・説明を1ページで実現している “前田裕二式「メモの魔力」” は、実は対話型経営判断に向いているのです。
これは「対話型組織開発」の第17章「対話型プロセス・コンサルテーション」でも確認できます。そこでは経営判断を下す際の説明にはパワーポイントのプレゼンではなく、「メモを読んで議論することを通した経営判断」を推奨しています。
奇しくも40万部を突破した「メモの魔力」は、「対話」を強調するかのように著者(人間)が写った表紙へ変更されました。偶然の一致ですけれども、なかなか興味深いものがあります。
まとめ
以上が「対話型組織とは何ぞや」ということに対する、ざっくりとした概要説明です。
そして対話型組織開発は名前からも予想されるように、プロセスを重視しています。また経営陣に影響を与えるため、下記のような問いへの応答を持つことが重視されています。
- 転換の対話型プロセスは実際にどう機能するか?
- 対話型組織開発のアプローチが求められるのはどのような時か?
- 対話型組織開発が定期的に直面する主要な選択点は何か?
- 彼らおよび組織のリーダーたち行う選択は何か? その理由は何か?
- 対話型組織開発を実際に成功させるために必要なスキルおよび知識は何か?
それにしても技術の進歩によって、逆に対話やノート術といった技法の活用が期待されるというのは、なかなか興味深いです。
これが変化の激しい時代に期待される協創的イノベーションというのものでしょうか。今後の展開を興味深く見守りたいところです。
(と、第三者的なコメントをしているだけでは済まないのが、対話型組織開発というものです。手抜きの出来ない、なかなか興味深い時代になったものです)
今回は以上です。ではまた。
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記事作成:よつばせい