人生で一番悲しい鰻重を、心で泣きながら美味しく頂いた件

野田屋の鰻重

これほど鰻重を食べて、悲しく感じたことはありませんでした。

お店の名前を明記しても、おそらくこの悲しさは無くならないと思います。

そこで今回は、鰻吉(仮称)で鰻重を食べた話をさせて頂きたいと思います。

ところは湘南

冒頭画像の鰻重は、湘南地方の某街にある鰻屋さんで頂きました。(湘南ゲートでバレバレですね)

湘南GATE

今回は駅から徒歩三分程度の鰻屋です。大通りから少し外れたところにありました。

ちょっとした用事があって出向いたのですが、藤沢みのるうなぎが休業日である日曜日だったので鰻吉を訪問することにしました。

ちなみに鰻吉はは二代目が店を継がず、野田屋の職人さんに来て貰っています。あの野田岩の創業とも関わりのある「野田屋調理師紹介所」です。

センスの良い会社の先輩が、行きつけにしている鰻屋ということもあります。ちょっと期待して暖簾(のれん)をくぐりました。

幸いなことに私はタイミングが良くて、12時30分頃の訪問にも関わらず即入店できました。

一方でちょうど同じタイミングで来た二人連れは、店外で待つことになりました。本当に運が良かった…

いやいや、今にしてみれば、この時点で事態の深刻さを認識すべきでした。

ともかく、カウンター席に座ったところから話を始めることにしましょう。

不慣れな接客

まず最初に気づいたのは、スタッフが接客に慣れていないことです。

ほとんど店内は満員で、空いているのはカウンター席だけです。五つあるカウンター席の二つが空席だったという訳です。

記事の上側がカウンター方向だと仮定して、”X〇〇XX” と五席あって、白丸が空いている座席です。戸惑った私は、どちらに座れば良いかを尋ねました。

「どちらでもお好きな方を」が、その問いへの返事でした。瞬間的に判断できなかった私は、無意識に左側(2番目)の座席を選びました。

おそらく私は、無意識のうちに利き腕を使いやすい左側の空席の方を選んだのでしょう。

しかし… 改めて考えてみれば、私は一人客です。そして右側の二人はご夫婦です。

もし右側の座席に座っていたら、左側が2席空きとなる確率が高まります。つまり店の外で待っている二人連れのことを考えると、右側の中央席に座るべきだったのです。

このような基本中の基本が、この店のスタッフには出来ていないのです。鰻屋で電子決済のPayPayが使えるのは嬉しいことですが、ちょっとだけ「何かが変だ」と違和感を覚えました。

ちなみに職人さんは入店時に焼いている姿を拝めるのですが、エラく腰が低い接客でした。おそらく接客スタッフは、オーナーの奥さまといったところでしょうか。

そして店内は、異様に静まり返っています。なにしろ「会話をする時にはマスクをお願いします」という張り紙が各席へ「魔除けの御札」のように貼られています。

ひそひそと「ここは会話をしてはダメだから静かにしようね」という会話まで聞こえました。照明も控え目だし、なんとなく難破船の中にいるような気分になって来ます。

ジャスト10分の鰻重

いやいや、ここで暗くなってしまっては負け戦です。せめて体調を整えようと、私はトイレをお借りすることにしました。

… うん、これならば確実に鍵がかっていると安心できます。シンプルだけれども効果的です。おまけに… おまけにドアノブ費用を節約できます。

正直、横浜しま村や野田岩といった名店にお世話になり過ぎたようです。私には、この鍵くらいの謙虚さが必要でしょう。そうです、見かけよりも中身が大切です。

そう気を取り直して、ぶつからないように気を付けながら狭い店内を歩き、窮屈になるほど椅子をカウンターへと近づけます。

その心掛けが良かったのでしょうか。注文した上鰻重は9分48秒で到着しました。なんと野田岩を抜く新記録です。

この鰻重は野田岩五代目に言わせると、少しだけ焦げ過ぎだと評価されるかもしれません。ただし職人一人でやっている店です。細かい部分までコントロールできないのでしょう。

両手を合わせて、静かに「頂きます」と言い、さっそく鰻重を食べ始めます。予想通り野田岩と同じパターンであり、しっかりと「蒸し」が入っています。

あらかじめ「蒸し」まで済ませているから、あとは焼くだけの短時間サービスが可能なのです。典型的な江戸前の関東風で、フワフワのトロトロです。焼く時の「返し」といった専門的なテクニックは知りませんけど、裏側に焦げた感じもありません。

良い腕です。さすがは野田屋調理師紹介所から派遣されている… ちょっと待って下さい。

一口で分かりましたけど、重箱の底にタレが溜まっています。そういえばネットで見かけた評価にも、「重箱の底にタレが溜まっている」というコメントがありました。

そういえば、肝心のウナギの蒲焼の方も、見た目は味醂(みりん)のおかげで照り具合は良いですけど、少し焼き過ぎているようです。ウナギを食べる時に、舌に少しだけ引っかかります。

なんとなくですけれども、何串も焼き終わった後に余熱で待機させているために、ウナギの蒲焼が乾燥しているだけような気もします。

そう考えると、野田岩を上回る短時間なのは… いや再度タイムです。カウンターの向こうから流れて来る炭の匂いが、かなり強烈です。

うーん… 詰まるところは炭火焼は火力不足になりやすいと聞いた覚えがありますけど、おそらく逆に炭火の火力が強過ぎている可能性がありそうです。

だから短時間で焼き上がるものの、養殖物ということもあって焦げ目が付く訳です。そして炭火の匂いも、火力が強力な分だけ強烈になる、と。

なまじ野田岩と似たような焼き方を採用していると、それだけ細かい部分の違いがハッキリと明らかになってしまいます。

そう思いながら食べ進むと、なんと今度は、重箱のご飯に「真っ白な部分」が出て来ました。

… 明らかにタレのかけ方が偏っています。

さすがにここまで来ると、腕前以前の部分に問題があると分かって来ます。よくよく見渡して見ると、このご時世なのに店内には目一杯お客さんを収容しています。

やっぱりこれだけの客数を一人の職人で捌くのは、どう考えても無理があります。

オーナーにしてみれば地方都市の鰻屋だから、その分だけ販売価格を安く抑える必要があると考えたのでしょう。しかし無理に販売価格を下げれば、どこかに歪みが生じて来ます。客あたりの利益率が下がるので、ともかく出来るだけ多数の客を店内へ詰め込みます。

そして鰻職人は明らかなオーバーワークへと追い込まれます。だから野田屋の職人が仕事しているのに、イマイチな鰻重となってしまうのです。おまけに彼は一人で仕事しています。

野田岩の五代目とはいかなくても、せめてオーナーが責任持って職人のことを考えれば、このような鰻重には仕上がりません。野田岩の職人はオーナーに絶対服従ですから、孤立無援で仕事せざるを得ないのでしょう。

「やっぱり一人だけでやれることには限度があるし、改善すべき点に気づくことも出来ない。それに何より、この炭火だと早々に肺を痛めるよなあ…」

そんな訳で私は心の中で泣きながら、異様に静まり返った店内で黙々と、人生でこれまでになく悲しい鰻重を頂いたのでした。

まとめ

たしかに野田屋の職人の腕前は悪くなかったです。しかしオーナーの言うことには従わざるを得ませんし、このような仕事のやり方だと「変なクセ」が付くのも頷けます。

まさに野田屋の五代目が自伝でコメントなさっている通りです。野田屋調理師紹介所の方々の腕前は尊敬しますが、派遣という形で職人をやっていると、その店に合わせなければなりません。それが素人オーナーだと、今回のような顛末になりがちです。

何よりも客は一時的だから大丈夫ですけれども、職人の肺への影響が心配です。たとえウナギ職人であっても、炭火を適切に利用すれば野田岩五代目の「92歳で現役」も可能です。

たしかに鰻職人という特殊技能を伝承するには、野田屋のような組織が役に立つのかもしれません。

しかし今回のような鰻重を食べると、やっぱり野田岩のように鰻職人が自らトップとなって、チーム体制で鰻屋を経営する方が良さそうだよなあ… と感じる次第です。

そんな訳で、私の野田岩崇拝度は、また一段階アップしたのでした。

それでは今回は、この辺で。ではまた。

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記事作成:よつばせい