蒸器の研究 (デパ地下のウナギには「蒸し」が大切)
わずかな手掛かりから事件の真相を見抜くのが名探偵です。
ここ四葉家でも、奥さまが蒸器を掃除しなければならない事件が発生しました。
この事件の真相を、名探偵シャーロック・ホームズ風に紐解いてみることにしましょう。
“うなネコ” ホームズの推理
「この部屋の主は野田岩のウナギを食べたようだね。それも相当なウナギ好きだ」
「どうしてそれがわかるんだい?」
ホームズは台所を見回しながら、ゆっくりと話し出した。
「まず、ガスコンロに蒸し器が置いてある。中には水が張られていて、さわるとぬるい。これは誰かが蒸し器を使ったってことさ」
「でもそれだけじゃあ野田岩はおろか、ウナギを食べたってことさえ分からないだろ? 小籠包を蒸して、三時のおやつにしたのかもしれないよ」
そういう私に、彼は落ち着き払った態度で続けた。
「電子レンジを見てくれ。こちらは使われた形跡がない。ポットやヤカンはないから、つまりお茶は飲んでいないということさ。ワトスン君、アツアツの小籠包を作って、こちらの冷蔵庫でキンキンに冷えた麦茶で小籠包を食べることはあるかい?おまけに流しには大皿はないんだぜ」
私だってホームズとの付き合いは長い。じっくりと食洗機を観察してから言った。
「しかしウナギに付きものの重箱はないな。あるのは少々小さめの丼だけだ」
「そう、重箱ならば蒸し器の代わりに使える。タレをかけたご飯を重箱に入れて、電子レンジでアツアツになるまでチンする。そこにウナギを入れて蓋をしておけば、10分くらいフカフカのウナギが出来上がる。そこからさらに30秒くらいチンして3分待てば完璧だ。しかし今回は電子レンジが使われていない。よほど大切に食べたかったんだろうね」
「しかしどうしてウナギだと言えるんだい。確かに丼はあるけど、春巻きを蒸して食べたという可能性もあるんじゃないかい」
「いや、ないね。なぜならゴミ袋を見ると分かるけれども、小さなボトルが捨てられている。明らかに何らかのタレが入っていたのだろう。しかし君は春巻きぐらいで、専用のタレを配るかい?」
「いいや、しないね」
「おまけにかすかに肉系でなくて魚系の脂の匂いがする。春巻というのは無さそうだね」
「なるほど、そこまで見抜いたからウナギだと分かった訳だ。しかしどうして野田岩だと言い切れるんだい。この家の冷凍庫を覗くと、しろむらと川口水産のウナギもあるようだ」
「ワトスン君、ぼくはウナギに関して183店のオススメ調理方法を論文にまとめたことがあるのだけれども、どこも微妙に独自性を打ち出しているんだ。冷凍ウナギ系で「蒸し」を勧めるところは多くない」
「へえー、いろいろ考えられているんだね」
ホームズは、ニヤリと笑った。
「それだけじゃない。実は野田岩はデパ地下のウナギ購入者に対して、こんなメモを配っているんだ」
彼はそう言って、手帳から大事そうに小さな紙片を取り出した。
『おいしい召し上がり方』蒲焼を直接火で焼かないで蒸器で軽く蒸すか又は熱いご飯とご飯の間に入れてやわらかくしてから召し上がって下さい
「なんだ、人が悪いな。そこまでわかっていたら、最初から全て説明してくれれば良かったじゃないか」
「いやいや、自分で考えて調理するということは大切なことさ。今までの君は重箱の時でさえ、十分に「蒸し」の時間を確保していなかっただろう。こうやって体験するというのは、何にも勝る貴重な経験の蓄積さ」
「そうだね」
「さてこうやっていたら、何だか私もお腹が空いてきたよ。我々も今日はウナギと洒落込むことにしないかい。ダウンタウンの新しい店が評判らしい」
「君のことだから、もう予約を入れているんだろうね。では食事を待ちながら、君の最近の活躍を聞かせて貰うことにしようか。随分といろんな事件を解決したんだろう?」
「もちろんさ。さ、行くとしようか」
それにしても、わずかな事実からここまで読み取るとは。一緒に歩きながら、私は彼の観察力の鋭敏さに舌を巻いた。
(巻くといえば、う巻き卵も食べたくなって来た)
— END —-
それでは今回は、この辺で。ではまた。
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記事作成:よつばせい